朗読劇『月光の夏』は、単なる朗読とは違います。 ベートーヴェンのソナタ「月光」のピアノ演奏と<ドラマリーディング>がおりなす、 新機軸のライブ・ステージです。 かつて、ラジオドラマは「心の劇場」と言われました。 朗読劇もまた、観客の想像の世界をひろげます。 のみならず、人間の息吹が伝わる、臨場感のある生の舞台です。 名曲の調べとあいまって胸で聴く、心の目で観る、深い味わいの感動のドラマをおとどけします。 戦争犠牲者の鎮魂と平和への祈りをこめて−。 (作者/毛利恒之)
演出するにあたって・・・ 鈴木完一郎(演出)
ピアノ一台と四人の朗読者によるピアノクインテット「月光の夏」 第一楽章は「Largo」、ゆっくり始まる。 二人の特攻隊員と女教師の美しい戦争秘話、つまりこの作品の第一主題がまず冒頭に現れる。 第二楽章は第二テーマ。 ラジオ番組の作家、三池の特攻隊員探しが「Moderato」、いくつかの謎を含みながら演奏される。 第三楽章、東洋的な言い方をすれば起承転結の「転」の部分だ。 テンポは「Andante」、女教師と番組作家の鹿児島県知覧への旅である。 一千を超える若い特攻隊員の遺影、深く重い遺書は私たちに何を投げかけているのか。 女教師の心に去来する様々な思い、楽曲は一気に最終楽章に入る。 特攻隊員の生き残り風間によって奏でられる第四楽章は「Agitato」、激しく哀しい。 引き返してきた特攻隊員にし強いられた苛酷な試練、母の死、戦後の生活はあまりに残酷である。 エピローグは女教師と元特攻隊員と妻の再会である。 静かに美しい第一主題「戦争秘話」の思い出が再び帰ってくる。 テンポも「Largo」に戻り、ゆっくりとかつ豊かに語られる。 やがてすべてを包み込む母のようなピアノ独奏によるベートーヴェンの『月光』で終曲を迎える。 朗読劇は観客に皆様の想像力にすべてを委ねるところに楽しみがある。 ことに今回の物語のように「戦争」という国家行為最大の愚挙を後の人々は様々なアングルで捉える。 これを一つの虚構「劇」スタイルで作り上げるのではなく、 「朗読」という形で観客に提示して、皆様それぞれの批評、批判に委ねるのは一つの方法であると考えてる。 歴史の断面をどう切り取り、意味づけるかはまず個人の問題として考えなければいけないからだ。 特攻隊員のエピソードはどれをとっても確かに哀しく切ない。 だから私たちはその悲劇をとかく感動のドラマにしがちである。 しかし私は彼らを英雄化し、神話化するのにはどうしても抵抗がある。 むしろこの二人の特攻隊員も、戦争さえなければただの音楽生、師範学校生だったことに注目する。 普通の音楽生がベートーヴェンの「月光」を弾いた。 その単純な日常的な行為にのみ焦点を当ててみたかった。 音楽生が求めた音楽が与えてくれる安らぎや癒しは私たちにとっても純粋で尊いものであるからだ。 その音楽を楽しめる私たちの時代をよりよいものにするためにこのお話はあると考えている。